Wengerの移動型組立式音響反射板のことを語る前に
クラシック音楽の演奏など生楽器や声楽、生の声、声楽などの生音の反射効果を高める舞台音響反射板(コンサートホールと言い換えてもいい)について望ましい条件を整理すれば以下のとおりである。
- 舞台や観客席への反射音がたっぷりとしていること
- 舞台の音が舞台内と客席に満遍なく到達し且つ反射音がよくブレンドされていること
- 低音から高音までムラなく反射しており且つバランスしていること
同様のことを、言い方を変えていうなら、特定の周波数で反射率や吸音率が変わらないこと
では、可動式の反射板ではなく、コンサートホールのことを考えてみよう。
コンサートホールの壁面や天井における内装材の種類とその配置などオーケストラの演奏に対して次のような対応が必要になる。
- 重く分厚い材料の選定
- 粘り気のある素材の選定
(硬質セメント、スレート板など硬く薄い材料は使わない) - 単一素材を使わない(共振周波数の分散・離散)
- 下地の桟などの間隔の不等ピッチや間隔を数種類としその組み合わせ
(共振周波数の分散・離散) - 背後空間の大小取り合わせて不等になるように(共振周波数の分散・離散)
- 演奏者の演奏音が互いに聞きやすいこと
- 自分の演奏音が聴きやすいこと
などが所要条件となる。
■ これらの条件においてWengerの音響反射板の最上級の「DIVA」について考えてみる
<形状や大きさ重さなど>
DIVAは使用形態が稼動移動式の反射板である。
それも人が数人でセッティングできることを標榜している。
ということは基本が軽量で人の持ち運びを考慮した比較的小型なものである。
それでいて移動、稼動型の音響反射板に要求されるこれらの相反する性能を満足させなければならないのである。
<パネルの芯材にペーパーハニカムを使うことは>
この回答の大きなひとつがペーパーハニカムによるダンピング機能である。
前述の所要条件の中の共振周波数を分散・離散させる効果を狙ったものと考えられる。
重量的にはもっと軽量のアルミハニカムなども考えられるが、あまりに圧縮方向に強靭でありすぎると思われ、共振周波数の明確なピークが生じることを嫌った対応策として興味深い。
<アウターパネルのこと>
ペーパーハニカムの表裏両側にはHDF(木材のチップをバインダーで結合・圧縮し板状材料に整形した重量が比較的ある約6mm厚の板)のアウターパネルを張り合わせて50mm厚としている。
ペーパーハニカムに12~3㎜のHDFなどが組み合わさって合計50㎜程度の厚みの複合板としている。
またこのMDFではなく各種合板にも変更が可能であり合板など変更も可能であることから仕上げの意匠がいろいろ選べるのである。
で、この構造で㎡あたり約12Kgとのことである。
大阪西梅田の新サンケイホールの「DIVA」では表と裏の材質をHDFと合板とし共振周波数を分散している。
<支持金物のこと>
これに複合版の端部の剥離防止と化粧用を兼ねたアルミサッシで保護と化粧を兼ねこれらをアルミアロイ、スチール鋼管構造体が壁用反射板(タワーと呼んでいる)や天井用の用途に合わせて取り付けられる。
厚みはたわみやゆがみなどの対策と軽量化対策の両方を得ている。
「FORTE」では10数㎜厚のペーパーハニカムを使っており表裏の板を合わせて全体では25㎜程度の厚みに縮小させている。
DIVAの少し小型で軽量バージョンなのである。
<拡散体の形など>
側面や正面の壁を構成するパネルや天井用のパネルはそれぞれ拡散体を構成している。
円筒形の一部を切り取った円弧状のパネルはDIVAやFORTEに平面ではあるが垂直方向にパネルユニット単位で俺壁を構成しているのはLegacy、ユニットパネルは平面ではあるがパネルに凹凸をつけたものにトラベルマスターがある。
それぞれ用途や使用状態に求められる音響効果と重量や大きさなどと価格のバランスをうまく考えている。
ここで、円筒形の反射面が等ピッチで規則正しく並んでいると少し反射音に繰り返しが等しいことによる干渉が生じ癖を生じる場合もある。
これを回避するには折れ壁などを用いその角度と反射面の距離間隔を若干不揃いにすることなどが望ましい。
ここでも新サンケイホールではこの方法により反射音の等間隔繰り返しを嫌い円筒形の一部である円弧形状を「折れ壁」にしかつ角度を若干不揃いにしている。
<反射板に吸音面を組み込むことも>
さらに反射板内の響きと客席内の響きの調整用に吸音面を少し露出させられるようにもしている。
舞台反射板内の響きと客席の響きがあまりに違う場合の残響調整用として、である。
また、一般的には舞台側の残が弦楽器用に長い場合ピアノや声楽のときなどの演奏用の響きの調整用としても有用なためである。
この吸音面をロシュとさせることも新サンケイホールでも採用しており、Wenger社の特注対応の賜物であると感謝している。
<移動型組立式反射板であるための>
いずれにしても徹底的な軽量化が求められるこの移動型組立式反射板では
音響効果を阻害しないで軽量化やたわみやゆがみをどこまで抑えられるかという
命題に対するWengerの経験豊かな舞台の運用を踏まえた回答である。
楽器や歌の音の素直な反射効果と運用上の収納性、操作性との共存を考えると一つの見識ある回答に思える。
■ 30数年前のLegacyと、再開したLegacy
30数年前に当時の新草月会館ホールへ「現在でいう“レガシー”」型の移動式反射板を今は亡き丹下氏、勅使河原宏氏、わが師である永田穂氏とともに検討して導入し、その効果に感銘を受けたことはいまだに鮮明に記憶に残っている。
移動型組立式の軽便な音響反射板、にもかかわらずその形は音響反射効果がとってもありありと感じられる形状:トップパネルがお辞儀をしており、演奏者へうまい具合に音を返してくれそうな形状で、なおかつ質量のあるMDFのようなボードでしっかりと作られている。それよりも当時はしっかりと作られているとされる舞台組み込みの舞台機構施工者で製作されている反射板よりも音響反射効果が優れているのではと感じさせる効果があったのである。その演奏ユニット、オーケストラの配置に対して最適となるような設置が取位置、配置やその向きが採れるのであるから。
その当時の舞台機構工事で作られる反射板の反射板の材質は3~5㎜の合板それぞれの間にダンピングシート(Pタイル、塩ビシートなど)3㎜程度の構成である。合計厚みが9㎜~12㎜程度がせいぜい。単板とはいえ同程度以上の厚みと重量があり、低音の反射も機構製作型反射板と同じかより異常な感じである。これはもうショックの域を超え既製品でこれだけの音響効果が得られることに感銘を受けたのである。提案された永田穂氏、勅使川原宏氏もその反射音の効果には目を丸くされていた。ただ、そのころはまだ天井反射板:クラウド(雲)のような簡易型天井反射板はなかったのが残念である。
各ホール、例えばサントリーホールの透明な浮雲などが特別に製作されていたのが数例あるにとどまる。世界的あに見てもその数は少なく、あまり普及しているとはいいがたかったからWengerといえども既製品での供給は発想もなかったに違いない。1980年半ばのころの話である。
時は経ち、2009年大阪は新サンケイホールの完成間近での音響実験会。
ピアノとヴァイオリン、チェロの演奏であったと思う。サンケイホールの舞台は劇場空間。したがって、フライズはブリッジやバトンで埋め尽くされている。舞台機構で組上げるべき舞台反射板はそこには入る余地がない。したがってWengerの移動型組立式音響反射板の出番である。しかしその簡便さ、軽量派から音響効果が心配されたのである。結論からすると、それは心配のし過ぎであったのである。
音響に曹司の深い方は、シュタインウェイはシュタインウェイに聞こえ、ヴァイオリンはヴァイオリンにチェロはそのチェロなりのなり方でなってくれた、といっていただいた。それがどんなにうれしかったことか。
工事前の確認会では、本サンケイホールに導入しようとしていた機種と同規模が某ホールに導入されていたものをこれまた実際にピアノやヴァイオリンのアンサンブルでの演奏を行っての実験確認会で、シュタインウェイのピアノがほかのメーカのそれも大量生産モデルに近いなどとの酷評をいただいた。
設計側ではこれ等のことを真摯に受け取りサンケイの新しいホールではこの移動型組立式反射板しか劇場としての主目的に対応できるものは本形式の反射板しか選択の余地がない。したがって最初にコンサートホールでの音響反射板の効果をまとめた際の性能使用をすべてどのように結びつけたらいいのか検討を行ったのである。
今またこれらの製品に巡り合えるとはなんということか、懐かしさを通り越し感激すら覚えるのである。
(浪花克治記)